VUCA時代における多様な働き方の広がりを背景に、多くの企業がオフィスのあり方を模索しています。NTTファシリティーズは2025年、本社オフィスのリニューアルを行い共創スペース「FL@T(フラット)」(以下、FL@T)をオープンしました。この取り組みにより、 生産性の向上を図りながらオフィス面積を47%削減。さらに、社員同士が接点を持ち交わる機会も増え、働く意識にも変化が生まれています。本稿では、FL@Tの構想から運用、そしてそこから生まれた変化までを振り返りながら、これからの時代に求められる「働く場のあり方」を紹介します。
変わり続ける働く場へのニーズ
総務部門の重要なミッションの一つが、社員の「働きやすい環境」を整え続けることです。この役割は時代が変わっても一貫しています。しかし、コロナ禍の前後で「働きやすい環境」の定義とニーズは大きく変化しました。
コロナ禍以前、当社のオフィスは部門ごとにゾーニングされた固定席が中心で、会議室や打ち合わせスペースも部門ごとに整備され、組織単位で業務を進めることを前提とした環境になっていました。こうした組織ごとに閉じられた環境では、組織を越えた交流が生まれにくく、他部門との接点も限られてしまいます。
コロナ禍では、まず社員同士の「距離を置くこと」が最優先となりました。リモートワークが急速に広がり、リアルな対面機会は著しく減少。雑談や立ち話といった非公式なコミュニケーションも減ったことで、他組織の取り組みが見えにくくなり、組織や社員同士の壁も高くなっていきました。
その結果、コミュニケーションの質と量の低下という課題が顕在化しました。特に新入社員や中途入社の社員にとっては、社内ネットワークを築く機会が極端に少なく、組織への帰属意識を育みにくい状況になっていたのです。
さらに見逃せないのが、イノベーションの停滞です。新しいアイデアは、意図せぬ出会いや偶然の会話から生まれることが少なくありません。しかしリモートワーク中心の環境では、業務に直接関係する情報のみが行き交い、創造性を育む「余白」が失われがちでした。
コロナ禍を経て、現在はリモートワークと出社を組み合わせた「ハイブリッドワーク」が定着し、ワークプレイスに対するニーズも多様化しています。例えば、出社日には会議や交流などの「集まる活動」を中心に行い、在宅などのリモートワークでは個人作業に集中する、といった使い分けが一般化しました。
また、慢性的に不足していた会議室の整備や、多様化した働き方に即した環境の整備を求める声もありました。こうした状況の中、エンゲージメント調査などを通じて多く寄せられたのが「交流の場を求めている」という社員の声です。コロナ禍で分断されたつながりを、アップデートされたワークプレイスによって取り戻したい、そうしたニーズが、新しいオフィスづくりの出発点となりました。
出社することの価値から再設計するこれからのオフィス:「同時性・共感性・偶発性」が生む新しい働く場
ハイブリッドワークの定着によって、どこでも働けるという選択肢が生まれました。その中で浮かび上がったのが、「なぜオフィスに出社するのか」という問いです。この問いが、新しいオフィスのあり方を考える起点となりました。
そこで私たちは、出社の意義を3つの要素に整理しました。
・同じ時間・空間を共有することで生まれる「同時性」
・他者への理解と共鳴から育まれる「共感性」
・計画外の出会いや気づきから創造が生まれる「偶発性」
これらはリモートワークでは代替しにくい、出社することから得られる価値であり、新たなワークプレイスをデザインするための重要な軸となりました。
オフィスに求める機能:出社の意義 「Face to Face」に期待する3つの性質
こうした考え方に基づき、新しいワークプレイスには3つの機能を盛り込んでいます。
1つ目は、会議室・打ち合わせスペースの充実です。社員が出社した際に最も必要とするのは、対面でコミュニケーションを取れる場所でした。そのため、質・量ともに十分な空間の確保が不可欠でした。
2つ目は、大規模なイベントスペースの創設です。これまで社内には、全社向けの交流イベントやゲストを招くようなイベントに対応できるスペースがありませんでした。百人規模の収容が可能なフレキシブルな空間を新たに設けました。
3つ目は、コミュニケーションを促進する仕掛けです。等身大・低遅延で映像をつなぐICTツールやオンライン配信にも対応したスタジオ機能を備えることで、距離を超えて「リアルな場」をつなぐコミュニケーションを実現している他、コミュニティマネージャーによるイベントの企画・運営など、新たな形の交流が促進されています。
加えて、「組織間の壁を越える」という思想も空間づくりに取り入れました。これまでは組織ごとにクローズドな空間で業務を行うことが多く、建築・総務・研究開発などの部門間では、異なる専門性を持つ人材同士が自然に交わる機会はほとんどありませんでした。
そこで意図的に「共有スペース」を設け、部門・役職・専門領域を越えた交流が生まれやすい環境づくりを目指しました。さらに、この空間はお客さまや社外のパートナーにも当社の働き方を体感していただける場としても位置づけています。
お客さまが来訪する受付からも会議の様子が見える打ち合わせスペース
イベントスペースで開催された家族イベント
遠隔地とのICTツールを利用した合同イベント
データと共創から導いたワークプレイスのかたち
新しいワークプレイスの検討にあたって、まず社内のすべての業務を活動単位で洗い出し、約3,000のタスクを抽出。それぞれのタスクについて「集まることによる価値の有無」という観点から分析しました。
前述した「同時性」「共感性」「偶発性」といった要素を軸に分析を進めた結果、全タスクの約3分の1が「集まって行うことに高い価値がある」と判定されました。さらに分析を深めることで、出社の価値が高い活動には似た性質があることも浮かび上がってきたのです。
この分析は、限られたオフィス空間の中でどのような機能をどの程度の規模で配置するかという意思決定の基盤となり、感覚や慣習ではなく、データに基づいた空間計画を可能にしました。
NTTファシリティーズはワークプレイスのコンサルティングを行う立場として、お客様のオフィス計画でも類似の分析手法を用いてきました。今回はそれを自社オフィスに適用し、社員全員を巻き込んだ形で高密度のアクティビティ分析を実施しています。
全組織の業務を対象にオフィスで行う活動を整理
アクティビティ分析・マッピングイメージ
FL@Tでは、特定の組織に閉じた検討ではなく、社員全員が関わるプロセスを採用しました。目的とした「自律・相乗・創発を実現する働き方とはどのようなものか」「そのために何が必要か」を議論するため、社員ワークショップを開催し、その内容をオフィス計画の与件に反映させています。
名称の決定も同様です。このオフィスを単なる本社拠点の共有スペースにとどめるのではなく、全国の拠点をつなぐ交流のハブにしたい、そうした思いから、全社員に向けて名称を募集しました。多くの社員が投票に参加し、そのうち約4割の票が本社以外から集まりました。
その結果決定したのが「FL@T」という名称です。ふらっと立ち寄り、つながれる場所であること、そしてフラットなコミュニケーションから新しいアイデアが生まれる場であること。さらに、音楽記号の「♭(フラット):半音下げる」のようにリラックスして新たな発想に出会える“場”という意味も込められています。
FL@Tのコンセプトは「感じる・つながる・やってみる」の3つに集約されます。他の組織が何をしているかを感じ取り、人と人がつながり、そこから生まれた動機をもとに何かを試してみる。こうした思想は、FL@Tのさまざまな空間デザインにも反映されています。
社員参画によるコンセプト検討
例えば、ガラス張りの打ち合わせスペースです。かつての会議室は視覚的にも閉じており、外からは中が見えにくい状況でした。FL@Tでは会議室や共用スペースをガラスで仕切ることで、誰がいて何をしているかが自然に目に入るようにしています。一方でプライバシーの確保が必要な場面ではカーテンで遮ることも可能です。
また、ゾーニングにも工夫を凝らしました。会議室の間には余白となるスペースを点在させ、立ち話や雑談ができる場を設置しています。FL@T内の動線も、ワークラウンジやイベントエリアをあえて通過するように計画しました。「偶然目にする・出会う」という接点を意図的に生み出し、偶発的なコミュニケーションを促しています。
ICT面では、全ての部屋にモニター・カメラ・マイク・スピーカーを標準装備しました。ハイブリッド会議で参加者全員の顔が均等に映る設備を整えることで、全員が一体感を持って議論に加われるようにしています。
多様なニーズに対応する、打ち合わせスペース
「FL@T」を通じて生まれた変化と成果
FL@Tの開設に伴い、フリーアドレスの導入と拠点集約を進め、オフィス面積の最適化も実施しました。その結果、賃料や水光熱費の削減効果は年間約2億円に達しています。
活動面でも変化が見られました。FL@T開設から1年間で開催されたイベントは約400回に上り、社員の自発的な企画によるものも多く、当初の想定を大幅に上回る件数となりました。さらに、健康増進や知的生産性向上の観点からは、独自の効果算定指標であるNEBs*¹によって年間約4,000万円相当の効果があると推計しています。
こうした成果の中でも特に大きいのが、社員の意識と行動の変化です。社内では「FL@Tに行こう」という会話が自然と交わされるようになりました。打ち合わせの場としてだけでなく、気軽にコミュニケーションを取る場所として、FL@Tは社員の日常の中に定着しています。
また、FL@Tがもたらした本質的な変化の一つが、小さなコミュニケーションの復活です。チャットやメールでは大げさになってしまうような短い言葉のやり取り、廊下ですれ違いざまに交わす近況報告、ガラス越しに相手を見つけての声がけ。こうしたマイクロコミュニケーションの積み重ねが、デジタルツールだけでは醸成しにくい相互理解や信頼感を育んでいます。
チャットなどのデジタルツールによるコミュニケーションは効率的である一方、相手の状況や感情を読み取りにくく、遠慮や心理的なハードルが生じやすい面もあります。FL@Tのガラス張り空間は、「今、声をかけてよいタイミングかどうか」が自然にわかる環境を生み出し、コミュニケーションへの心理的な障壁を下げています。
さらに特筆すべき変化として、役員・管理職と一般社員の距離感の変化が挙げられます。開設以来、役員や幹部が参加するイベントが増え、社員が直接声をかけやすい雰囲気が生まれました。以前であれば、秘書を通じて正式に段取りを踏まなければ伝えられなかったようなコミュニケーションも、カジュアルな場での会話から自然に生まれるようになっています。
このように、組織のフラット化が「制度」ではなく「空間」によって生み出されている点も、FL@Tの特長の1つです。
一方で、FL@Tの効果は社内にとどまらず、社外との関係性にも好影響をもたらしています。オフィスツアーの受け入れを開始して以来、すでに50社以上が来訪し、特にアクティビティ分析のプロセスやICT活用に対して高い関心が寄せられました。
また、採用活動においても効果が見られ、学生や若手向けのイベントをFL@Tで継続的に開催することで、NTTファシリティーズで働くイメージや魅力を体感として伝えられる機会が生まれています。
*1 NEBs(Non-Energy Benefits):建物がもたらす光熱費以外の付加価値を総合評価する指標
今後の展望:オフィスを「育てる」という運営思想
FL@Tから得られた学びの一つは、「ハードが変化することで、ソフトも変わる」ということです。社員が毎日過ごす物理的な空間を変えることで、社員の行動や関係性、さらには組織全体の空気感にも変化が生まれていきました。
一方、FL@Tの取り組みは「完成した瞬間がゴール」ではありません。日々刻刻と変化するニーズに合わせ、アップデートを続けられる運営思想を備えること。それこそが、長期にわたって機能し続けるオフィスの条件だといえます。オフィスは作るだけで価値が生まれるものではありません。場を育てる運営があってこそ、その価値は継続的に発揮されます。
その運営を支えているのが、総務、ワークプレイス推進組織、そして受付に常駐するコミュニティマネージャーの三位一体となった運営体制です。特に、コミュニケーションの促進や向上を担うコミュニティマネージャーは、イベントの企画や利用促進の発信などを通じて、場の活性化に重要な役割を果たしています。
また、運用実績のモニタリングや社員の声を収集する仕組みを設け、変化するニーズに応じてオフィスを「育てていく」という考え方を採っています。
こうした取り組みでは、総務や特定の組織だけでなく、さまざまな立場の社員を巻き込みながら、場を活性化するための発信や活動を「やり続ける」ことが重要です。実際にFL@Tでは、継続的なイベント開催や情報発信を通じて利用が広がり、社員の交流やコミュニケーションの機会が自然と生まれる環境が育まれてきました。
多くの企業にとって、オフィスの大規模リニューアルは、10年、20年に一度の大きな投資判断です。重要なのは、何をゴールに設定するのか、そして完成後の運営をどのように設計するのかという視点でしょう。
NTTファシリティーズでは、本社オフィスで得られた運営の知見や工夫を、全国の自社オフィスへ展開するとともに、お客さまのワークプレイス構築や運営支援にも還元していきます。オフィスを「つくる」だけではなく、「育てていく」。その変化のプロセスをともに歩むパートナーとして、お客さまの「これからの働く場」づくりを支援していきます。
ワークプレイス推進組織の皆さん
総務の皆さん
「FL@T」は株式会社NTTファシリティーズの登録商標です。
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